私の言葉が、姿を変えて母に届いたら

母が倒れた。

でもすぐ立ち上がったから心配は無いだろう。

ただ「すぐ」を「直ちに」と勝手に解釈してはいけない。

どうしてかと言うと「母が」から「無いだろう」の間には、

3分45秒ほどの時間がかかっているからだ。

私と、私の嫁さんの前でフラ~っとバランスを崩し、

熊のぬいぐるみが転がるように、コロリンと倒れる母。

「だ、大丈夫!?」

低いテーブルと、食器棚にスポッと挟まる母を起こそうとしたが、阻まれた。

「平気、平気」

カッコ悪いところを見せたくない母が言う。

「手伝わなくても大丈夫、、、」

何かしら医学的な見地があるのであろう、看護師の嫁が言う。

理由のような言い訳を口にしながら、

まだ上半身も起こせないでいる母。

それから倒れたときの詳細を「スローモーションのようだった」と説明し、

やっと座イスに落ち着いた母。

家の中をヨタヨタと歩く姿は見慣れているが、

コテンと倒れるのを見たのは初めてだった。

「危ないなー」

「気をつけないとー」

あれこれ言ったが、どれも私の言いたかったことを完璧には満たしていない。

完璧に満たすソレはたぶん「一日でも長く、長生きして下さい」だと思うが、

お茶をこぼしそうになったり、ダンボール箱を持ち上げられない母を見る度にそれを言うのも何か変である。

だから私は代わりに言うのだ。

「この絨毯、滑るから変えた方がいいよー」